net kisositisiDeNA社が運営するキュレーションサイトがWELQ以外にも続々と閲覧できなくなっています。

今回の記事はキュレーションサイトで活躍しているライターの方にぜひ読んでほしいと思って作成しました。今後の記事の作成のあり方を変えるひとつのヒントになれば幸いです。

話題になっているDeNA社が運営する「WELQ問題」

キュレーションサイトとは、色んな情報をまとめたサイトです。キュレーションサイトのメリットは、たくさんの情報を一つのサイトでまとめて見れることです。

問題になっているキュレーションサイトは、ほぼ他のブログからの引用文から出来ていました。情報をかき集めただけなので、内容が濃いようで空っぽの記事が多くありました。

特にDeNA社が運営していたWELQというサイトは非常に記事数が多く、何かを検索したらほぼ上位に表示されるような大規模なサイトでした。その為本当に悩みがあって検索したのに、WELQからウソか本当かわからない情報を受け取ってしまう人が多くいたようです。

これがただの「晩御飯何にしようかな?」程度の悩みなら軽くすんだであろうことが、(本当はダメです。)サイトの記事の多くが医療系の情報をまとめた内容だったことが、より問題を大きくしました。

医療系まとめサイト「WELQ」が問題にあがったことで、DeNA社が他に所有しているキュレーションサイトも、続々と閲覧中止になっています。

ライターに責任はあるのか

WELQの記事のほとんどが外注のライターによるものです。「ブログ記事作成 1記事につき~円」といった契約で、特に医療の専門家ではない人たちが記事を作成していたようです。

このライターの人たちは「○○」というキーワードで記事を作成してください。といういわばお題を与えられて、そのお題にそってネットで情報を集め、内容をまとめることで一つの記事を完成させていたようです。

では、この人たちに責任はあるのでしょうか?

著作権や、その情報を受けとった人がどんな気持ちになるのか、を考える責任はあったのでしょうか?全てDeNA社の責任でしょうか?

ネットの医療情報に振り回された過去

私は以前ネットの医療情報に振り回された過去があります。

私の子供、次男は生まれて10日目に大きな手術をしました。バイパス手術といって新しい腸の通り道を作る手術だったので、体重が2500gもない小さな命にしたら、とんでもなく大変なことでした。

今でこそ元気で憎たらしい2歳児ですが、生後1~2ヶ月は本当に小さくてガリガリでした。
親である私たち夫婦は、病院で我が子の顔を見たり、先生の話を聞いているときは、「絶対大丈夫!」と逆に元気をもらっていました。不安に押しつぶされそうになるのは、家に帰ってからです。

どうしても我が子の病名をネットで検索していしまうのです。そこに書かれている文章は私たち夫婦の言葉をなくすものでした。

「この病気の場合、ダウン症の可能性が60パーセント」
私たち夫婦はそれぞれに自分で検索して、同じサイトの一文をみたようで、お互いに言葉が出ませんでした。

「どんな子が生まれても、絶対に育てよう。大丈夫。」と妊娠中に夫婦で約束していました。

子供を産む親は誰もが「元気で五体満足で生まれてきますように」と願っています。それと同時に「そうでなかったらどうしよう」という不安も頭に少なからずよぎるものです。

人それぞれ決断は違いますし、正解はありません。私たち夫婦の決断は「どんな子が生まれようと、どんな子だろうと育てよう。」でした。

ですが、いざ本当にその現実が突きつけられると「そうであってほしくない」という思いと「もしそうであっても育てる」という思いがぐちゃぐちゃに混ざって、夜は全く寝れませんでした。

そしてまた次の日面会に行って、我が子の顔を見て元気をもらうのです。「やっぱりこの子は元気だ!大丈夫だ!」と。先生と看護師さんたちの明るい対応にも元気をもらえました。

でも家に帰ると、またネットを見てしまいます。不安をあおられる文章を見て、また眠れないのです。

そして面会に行って、我が子の顔を見てまた元気をもらいます。

やっぱり大丈夫だ!そう確信したのに、また帰宅してネットを見て不安になる。そんな日々が続きました。

ネットの医療情報の正確性はどうか?

私は我が子の命が心配だったので、より一層ネットの記事の一言一句が胸に突き刺さりました。誰が書いたかもわからない情報が私達夫婦の不安にさせました。

ライターの方がどのように考えているかは分かりませんが、何気なく書いた文章が誰かの心に突き刺さり、感情を揺さぶっているかもしれません。

暇つぶしのネットサーフィンをしている相手向きに書いた記事が、本当に困っている人の心に深く突き刺さっているかもしれません。

と言っても、私たち夫婦のもやもやしたネット検索は簡単に終わりました。

担当の小児科医の先生に聞いたのです。「ネットで見たのですが・・・」と自分たちが抱えている不安を打ち明けました。

すると先生が「元気ですよ!普通の子です!断言します!それくらい見る目ありますよ!手術さえ終われば、普通の子として育っていきます!」と明るい言葉で不安を吹き飛ばしてくれました。(普通の子、というと色んな病気を抱えた方に不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、この先生は私の不安をなくすために、わざと大げさな言葉を使って下さったのだと思います。色んな解釈もあると思いますが、今回は当時の言葉のまま表記させていただくことをご了承ください。)

そして続けてこう先生は言いました。

「う~ん、最近ネットで色んな情報を見て、より不安になっている人が本当に多いですね。まずは僕たちに聞いてくださいね。なんでも聞いてください。相談してくださいね。」

この言葉で私はネットを見るのをやめて、何か気になることがあれば、病院の先生に聞くようになりました。

でもこれってすごく難しいことなんです。

なぜなら私は「ネットを見たんですけど・・・」という心配を、他の先生にも打ち明けていたからです。
先に私の心配を伝えた先生には「今の段階では、そうではないですよ。」という曖昧な返事しかもらえず、どうしても不安は取り除けませんでした。

きっと医学界のルールとかあって、断言することが出来なかったのだと思います。

不安が拭いされないまま、私は色んな先生に何度も同じ質問をしました。

そしてようやく明るく、断言した言葉をもらえたので、産後からずっと張りつめていた緊張が取れて、私は初めて泣きました。
本当につらいのは赤ちゃんだから、私は弱音を吐いてはいけない、とずっと思っていたので、この時心から安心できたからか、涙が止まりませんでした。

きっとネットで検索する人は、悩みに対して本当に欲しい答えをくれる、信頼できるお医者さんに出会えていないのです。

情報の仕入れ先はネットだけではありません。本やテレビ、そして何より信頼できる人、そこに沢山の情報が入り乱れてるネットという情報源を、私たちがもっとうまく使いこなさなければいけないのだと思います。

その文章に独自の視点はあるのか?

私はトレンドアフィリエイトと言って、がむしゃらにブログを更新してアドセンスで稼いでいた時期があります。

ですがそのトレンドアフィリエイトをするなかで「文章力が全く向上しない」という虚しさを覚えました。

そんな自分に嫌気がさして途中で「パソコンの向こう側にいる人の心に響かせる文章をかく」という意識をもってブログを更新するようになりました。

人の心に響かせる、人の心を動かす文章は、本音や想いです。

独自の視点や発見、気づきが盛り込まれた文章は、文章力はもちろん自分も向上します。

自分で責任もってブログ運営した方がいい理由

どうせ記事を書いて、世に文章を出すならあなたの言葉として届けた方が絶対にいい。

仮にその情報が間違っていても、ごめんなさいと謝ることが出来る。

また色んな意見をコメントとしてもらい、その意見を聞き入れて、新しい発見や気づきを相手に届けることもできる。いくらでもやり直せるのです。

大きなサイトに色んな人の記事がたくさん集まっているということは、誰が書いたのか?という事は読者に伝わっていません。教科書のようなイメージを与えてしまうのです。

どうせなら、うんとあなた色に染まった記事を書く。そうすれば「この人はこう考えているんだな」という一つの意見として相手に届きます。

これはとても価値があることです。

ライターとして雇われるという事は、たくさんの制限のなかであなたの声が極限まで薄められてしまいます。あなたの文章はその雇い主の声として世に広まるのです。

一生懸命書いたあなたの文章を、もっと尖らせ、洗練させ、誰かに届けてみてください。

自分の声を洗練させ、本気で相手に届ける文章を磨けば、著作権を気にしなければならないような、グレーな文章は書く必要がなくなります。